鉄工所にひそむもの

あの鉄工所はすでに閉鎖されていたらしい。そのことを知って驚いた。そこからはいつもいろんな音が聞こえていたのだ。機械が作動する低い音や、何かを打ち付けるような金属的な固い音が、近所の僕の家にまで届いていた。それも毎日夕方まで。だから僕は当然工場は稼働しているものと思いこんでいたのだが、そうではないのだという。それならあの音はいったい何なのか?気になったので一度、その鉄工所に行った。それは家から歩いて3分もかからない距離にある。ところで、僕は別に鉄工所の騒音に迷惑してたわけではない。それどころかその音はわりと好きだった。録音したことさえある。

入り口の鉄の扉は閉ざされていた。壁に並ぶ窓はいずれも暗い。これまでなんとも思わなかったが、よく見るとそれは変な建物だった。工場の名前を示す看板もないし、駐車場はあっても車は一台も停まっていない。しかしやはり音は聞こえていた。その音は間違いなく工場の内部で起こっていた。
扉を叩いてみた。軽く叩いただけでは騒音にかき消されてしまうので、力を込めて何度か叩いた。しかし応答はない。中から聞こえる音が止むこともない。少し迷った後、僕は扉に手をかけて開こうとした。扉は重く、力を込めても少ししか開かなかったが、でもとにかくそれはちゃんと開いた。つまり鍵はかかっていなかった。わずかな隙間ができて、そこから中をうかがうことができた。そして僕は「彼ら」を目にした。

ああ、彼らのことをいったいどのように表現すればいいのだろう。それらはいちおう人の形をとってはいた。でも僕は、一目見た途端に、いわば本能的にそれを察したのだが、明らかに人間ではなかった。人の形をした別の何かだった。だからといって幽霊とかそういったものでもない。そういう表現を用いるのには抵抗を覚える。彼らはそんなに単純なありふれたものではない。ある冒涜的な、あるよこしまな存在が、廃れた鉄工所に集まっていた。そうだ、彼らは邪悪な存在である。そのことだけは確かだ。そうでなければどうして僕は、所内に立ち込める空気を吸い込んだとき、吐き気を催さなくてはならなかったのだろう。胸の悪くなるようなその空気は、善なる存在が発するものではありえなかった。
連中は僕には見向きもせずに器具や機械を操作していた。彼らはほとんどその行為に夢中になっていた。彼らはもちろん製鉄作業を行っていたのではない。その様子は僕の目には、ただ廃鉄工所の設備で遊んでいるだけのようにしか見えなかった。でたらめに機械を作動させ、器具を振り回しながら、そこに何らの意図も目的も見受けられない。彼らの様子はどこか底知れぬ無邪気さのようなものを感じさせ、そのことは僕をなぜかぞっとさせた。
僕はしばらくその光景を眺めたあと、扉を閉め、その場から去った。

それ以来、鉄工所には行っていない。依然として音は毎日聞こえている。そしていまだに僕はその音が嫌いではない。