切り落とされた左手

激しい雨の中、僕はバス停の屋根の下でベンチに腰掛けていたが、あとからやってきたその男は、座らずに立っていた。しばらくして、すぐそばからゴリゴリという音が聞こえてきた。顔を上げると男が、右手に持ったのこぎりのような道具を自らの左手の手首にあてがい、前後に動かしていた。血があたりにほとばしり、上着の袖が血で赤く濡れている。ゴリゴリという音は、刃と骨が接する音だった。
僕は思わず目を背けた。男は何事もないように平然としている。痛みのために苦悶の表情を浮かべたり、声をあげたりするでもなく、まるで日曜大工でもしているみたいな表情で、淡々とそれを行っていた。
しばらくして、男の左手はすっかり切り離された。切り落とされた左手がアスファルトの地面に触れて、ゴトンという意外なほど重々しい音を立てた。そのあと左手は血と雨に濡れながら死んだ生き物のようにそこに静止した。
男は身をかがめ、残っている右手でそれを拾い上げた。そしてまるでよくできた工芸品でも鑑賞するかのように、いろんな角度からそれを眺めまわしていた。男の左腕の切断面からは、今もなおも血がシャワーのように流れ続けていたが、男はそんなことには気づきもしないかのようだった。
流れる血は、やむことのない雨と混ざりあいながら、いつまでもバス停の地面を浸していた。
到着予定時刻をだいぶ過ぎているのに、バスはまだやってこない。……