夜のメタル・ドルフィン

ビルの陰からいきなり現れた大きな紫色の物体、それはイルカだった、都市の真ん中で出くわしたイルカは、どこかテカテカした金属めいた光沢をたたえていて、本当に鉄でできていたのかもしれないけれども、そうだとしても驚かない、なぜなら都会というのは、どんなことでも起こりうるし、どんな信じられないものでも、目の当たりにする可能性がある場所だから。私は傘をさしたまま、その場に立ちつくし、空中を泳ぐイルカの姿を目で追っていた。ネオンと街灯と車のライトを浴びて、金属イルカの皮膚はほとんど虹色に輝いていた。生き物は躰を揺らしながら、大通りに並んでいるたくさんの車の上を、するすると、何かに引っ張られるように滑って行った。その姿はだんだん遠ざかり、やがて星も月もない夜空に吸い込まれて見えなくなってしまった。
突然傘をたたく雨の音が耳元で聞こえてきて、またそれ以外のいろんな音、車のクラクションやエンジン音、人々の笑い声や話し声もまた、耳に戻ってきた。あのメタル・ドルフィンを眺めていた数十秒間、あらゆる音がどこかにひっこんでいたのだった。騒がしい夜の都会の中を、再び歩き出しながら、私はさっきまで自分の身に起こっていた、あの束の間の静寂について思った。