私は書物を閉じた

読書があまり楽しめなかったと感じた。物語はひたすら長く、その長さに必然性もなく、終盤になるにつれて内容は支離滅裂になった。文体は最初のほうと終わりのほうとではまるで別人のようだった。
でもこういうことはありうる。一人の人間が、数百万字に及ぶ文章を書いて、それ以前と以後とで同じ人間であるはずがない。彼/彼女は書きながら、別のものへ変容する。小説とはその変容の過程に生み出される産物なのだ。文体が変わるのも無理はない。
この本の著者が最終的に変容した形態は僕の気に入るものではなかった。ただそれだけのこと。

顔をあげると、机の上にひとつの言葉が浮かんでいた。言葉は金色に光りながら立体的にそこにあった。
あの長大な本の中から、僕はその一語しか、得ることができなかった。でもそれでいいと思っている。
僕は手を伸ばして指先でそっと触れてみた。輝く言葉は手を触れても消えることもなく、そこにとどまっていた。僕は長い間、それを撫でたりつついたりして遊んだ。