鯉のぼり

風のない午後、ポールにぐったりとへばりついた季節外れの鯉のぼり。一人の少年がそれを見上げている。彼は風を待っているのかもしれない。ナイロン製の大きな鯉が空にはためくさまを思い浮かべているのかもしれない。確かに鯉のぼりというやつは、風がなければただの吊るされたナイロンだかポリエステルだかのかたまりでしかない。それがはためくのに十分な風など、そんなに頻繁に吹くわけもないでもない。だからたいていの場合、我々が見るのは死んだ鯉のぼりだということになる。

少年はそのことが不満なのだろうか、幼い彼はまだ一度もそれがはためくところを直接目で見たことがないのかもしれない。大いにありうることだ。僕にしたところで、毎年時期になるといろんなところで鯉のぼりを目にするけれども、それが風にたなびくさまを見かけたことはない。実際のところ、最後にそんな光景を見たのはいつだっただろうか、そもそも見たことがあっただろうか。

少年は見上げた姿勢のままぴくりとも動かない。まるで石になったみたいに。子供らしからぬその落ち着き、その静止。僕は少し後でその場を去ったが、その後も彼はきっとひたすら風を待ち望んでいたに違いない。