身に覚えのない罪

いつものようにブログに出まかせの嘘の作り話を書いて、投稿したら、知らない人からコメントが来て、あのときの犯人はあなただったのですね、今でも許していません、などと書き込まれていて、僕は何のことかわからず、完全に無視していたのだが、コメントの人はしつこくて、何度も同じようなコメントをしてきた。
コメントがついたブログ記事は、ある一人の中学生を主人公にしたお話で、その中学生は、同級生の家に遊びに行くたびにちょっとした悪戯をする。靴を隠したり柱に傷をつけたり食器を盗んだりする。そんな作り話である。コメント主は、中学生のころに似たような悪戯の被害にあったことがあるらしく、つまりブログを書いた僕がその犯人だと信じているのだった。

僕はそのブログ記事を一人称で書いたが、内容は一から十まで完全に虚構であり、作り話であり、僕自身は一度たりとも同級生の家で悪戯などしたことはないし、そもそも人気がなくて人から家に招かれりした経験がほとんどないのだが、それはいいとして、相手はずいぶん怒っているらしく、どうやってか知らないが僕のメールアドレスを調べて直接メールを送ってきた。
そのメールでコメントの人は自己紹介をしていて、それによると彼は僕と同い年で、同じ中学校に通っていたらしくつまり僕と同級生だというのだった。信じられないことだった。相手は名前も名乗ったが、僕はその名前を覚えていなかった。でも中学校の同級生の名前なんて、今やほとんど忘れてしまっている。
半信半疑ながら、卒業アルバムを調べてみたところ、コメントの人の名前は名簿にちゃんと載っていた。しかしどう考えてもその名前に覚えはなく、アルバムの写真で顔を見てもなお、思い出せなかった。
相手は僕のことを知っていて覚えているようだった。彼はインターネットのどこにも公開していない僕の本名を言い当てた。それだけでなく、僕の中学時代のあだ名まで知っていた。それを知っているのは確かに中学時代の同級生しかいない。

彼は、中学時代に僕がいちど彼の家に行ったとき、僕が彼のCDを盗んだ、と主張していた。それはお気に入りのCDで、大切にしていたから失くすはずはなく、それが突然消えたことは、長年の謎としてわだかまっていたのだが、僕のブログを読んでピンときたという。
どう考えても僕には思い当たるふしがない。彼は紛失したCDのタイトルを僕に教えてくれたが、僕はそれを知らなかった。調べてみたところ、僕が一度も興味をもったことのないジャンルの音楽だった。そんなものをわざわざ盗むわけがない。おそらく彼は誰かと思い違いをしているのだ。僕がブログに書いた作り話と同じことを、当時別の誰かが、彼の家でやったのだろう。およそ信じがたいことではあるが。
そのように返信すると、相手は、あんなひどいことをしておいて忘れるなんて最低な奴だ、と言った。
相手はそのときのことを詳細に覚えていた。当時の学年、大体の日付、天候に至るまで、事細かにメールで記述していた。

相手があまりに確信に満ちているので、僕はだんだん自分の記憶を疑いだしていた。
記憶なんてあやふやなものであり、過去の出来事すべてを覚えていることはできない。思いもよらないことを、きれいに忘れてしまっていることはよくある。だからもしかしたら僕は作り話のつもりで、本当のことを書いたのかもしれない。僕はいろんな悪戯をやったのかもしれない。彼のCDを盗んだのかもしれない。盗んでおきながら、そのことを完全に忘れ去っているのだとしたら。…そう思うと少し怖くなった。

相手は、いまさらCDを返せとか、弁償しろとかそういったことはいわないから、とにかく謝ってほしい、と要求していた。でもやはり身に覚えのないことで謝るわけにはいかない。僕は拒否した。そのあとしばらく言い争いが続いた。お互いがお互いの意見を主張するばかりでどこにもいきつかない不毛な言い争いだった。
何にしてももう終わった話なのだ。遠い昔の話なのだ。それに記憶間違いをしているのは、相手のほうかもしれない。
僕はメールの返信をやめた。今でも相手からのメールは今も届くが、僕は無視している。