墓地のそばの家の娘

ずっと以前、墓地のそばの家の窓に女が顔を出しているのをよく見かけた。妙に肌が黒い女で、いつも表情のない目つきでじっとどこかを見ていた。
ある日の午後、僕は墓地へ行き、一番高いところから、望遠鏡でその家のほうを眺めた。女はやはり窓辺にいて、頬杖をついてどこかを見ていた。
望遠鏡で観察すると、女の顔の肌は、考えていた以上にどす黒く、特に目の周りは墨で縁取ったみたいだった。そして老人みたいに皺が多い。それなのに瞳は子供のように生き生きとよく動いた。僕はいつも女は石のように動かず無表情に一点を見つめているものと思い込んでいたのだがそうではなく、あちこちしきりに視線をさまよわせていた。でもいったい何を見ているのかはわからない。長い時間見つめるのに足る面白いものなど、このへんには何もないはずである。
女はしばしば、電池が切れたみたいに、急にすべての動きを停止した。目を開けたまま瞬きさえせず、呼吸まで止まっているように見えた。どす黒い顔色も相まって、その様子はまるで死んでいるみたいで、ぞっとしたのだが、しばらくすると何事もなかったようにまた動き出すのだった。
そうやって長い時間望遠鏡で観察していると、かすかな後ろめたさも相まって、いついか僕はひどく疲れを覚えていた。
日が沈むころになって、女は突然引っ込むように窓際から消え、そしてもう現れなかった。

そのあと長く僕は墓地のそばに行かなかった。
今年の夏に墓参りに行ったとき、ひさしぶりに例の家の前を通りかかったのだが、家屋は以前よりも明らかに老朽化しており、庭は雑草が伸び放題で、もはや人が住んでいる様子はなかった。窓にはすべて雨戸が閉まっていた。
人に聞いた話では、その家に住んでいた老夫婦は数年前に相次いで死亡し、その後は娘が一人で暮らしていたはずだが、いつの間にかいなくなっていたという。娘は近所とはまったく没交渉だったようで、彼女が消えた時期を正確に把握している人はいなかった。