夜の龍

水面に手のひらを置き、撫でるみたいにゆっくりと動かす。水は夜の闇と冷気をたっぷりと吸い込んでいる。黒い水は皮膚を通過して肉に染み入り、全身に広がってゆき、あたりの闇はいつしかさらに濃く、深くみっちりと凝縮されている。ある気配が鈍い風のようにあたりに立ち込め、そして私は龍が現れたことを知る。たっぷりと肥った龍が湖から長い首を出して、はるかな頭上から私を見下ろしているのだ。どこもかしこも黒く、口から覗く牙も舌も、目玉までもくまなく真っ黒なので、視界は黒一色に塗りつぶされる。木々も月も星々も覆い隠されてしまう。私はいまだ龍の全容を認識したことはない。私の目にはそれはただの黒い塊としか見えない。

龍は悪しき存在かもしれない。でもそうだとしてもかまわない。大事なのは手を触れようと思えばすぐにそうできるほどすぐ近くに龍がいること、いると信じられることで、そのことは私を安堵させる。龍が作り出す闇こそ、もっとも私が親しみを覚えるもの、私にうまくなじむもの。

やがて空が明るくなり、光が闇を侵食して、龍の輪郭は少しずつ薄れてゆく。そのとき、それは私が泉のほとりを去る時間だった。