庭の樹


庭の雑草が育ちすぎてどうしようもない感じになったので、造園業者を呼んで除草してもらった。
作業が終わったあと庭は広々とした。その庭の片隅、これまで草がたっぷり生い茂っていたあたりに、一本の見慣れない木が生えているのを見つけた。それはどことなく変な、ほとんど不快な形をした木だった。ひどく短くて細く、何本もの枝がうねりながらグロテスクな曲線を描きながら生えている。その枝の様子は蛇とか触手を思わせた。いつからそんな気がそこにあったのか、僕は知らなかった。これまでずっと、それは草の中に隠れてそこに生えていたのだ。

とにかく不愉快なのでその木も切り倒すことにした。造園業者は帰ってしまっていたが、そんなに大きな木でもないことだし、自分で伐採することにした。物置からチェーンソウを持ち出してきて、刃を幹にあてて地面と平行に滑らせる。幹を数センチほど切った後で刃が何かに当たった。ガチンというまるで金属のような音がした。まるで
幹の中に鉄か何かが芯のように埋め込まれているでものような音だった。でもそんな木はあるはずもない。
チェーンソウでは切れそうにないので、その固いものを避けるようにして、作業を続けるうち、幹はやがて自重によってメリメリと音を立てて倒れた。
切断面から、チェーンソウの刃に当たった物体の正体が覗いていた。それは白くて丸い卵のような形をした物体だった。切り株の中心に埋め込まれたみたいにおさまっている。表面は真っ白で模様はなく、つるつるとしていて滑らかだった。チェーンソウの刃が当たったはずなのに、傷は少しもついていない。触ってみるといかにも固く、稠密な感じがした。その感じは大理石を思わせた。
何かの卵だろうか、でも木の外側ならともかく、内側に何かの卵が宿ることなどあるのか。それにチェーンソウでも割れないほど固い卵なんて、この世にあるのか。それともただの石だろうか。石が木の内側にあるのは不可解に思える。


僕は物体を掴んで引っ張り出そうとした。でもそれはしっかりと木にめり込んでいて、びくともしない。再びチェーンソウを手に取り、周りの樹皮をそぐように切っていると、やがて物体は木から離れて、地面に転がった。それは生きているかのように地面の上を不自然な奇跡を描きながら転がり回った後、縁側の下あたりで止まった。楕円体の表面はつやつやして、やはりどの部分にも汚れも傷もない。とても綺麗なのに、なぜか気味の悪い感じがする。見るべきでないもの見るときの、居心地の悪い気分が、胸にせりあがっていた。
僕は楕円体を持ち上げようとした。それは大きさのわりに重く、ちょっと持ち上げるだけでも、手が下に引っ張られるようだった。長くそれに触れていることが、なぜか嫌悪されて、すぐ手を離した。球体はまた地面を左右に不自然に転がった後で静止した。僕はそれをそのままにして家に入った。


次の朝、庭に出ると、楕円体はまだ昨日と同じ位置に転がっていた。近づいてみて僕は息をのんだ。表面が一部割れて、内部の空洞が覗いていたのだ。破片が地面に散らばっている。
夜の間に何かの衝撃がこれに加わり、割れてしまったのかもしれない。でも僕はそう考えなかった。楕円体はやはり卵であり、中に何かがいて、それが内側から殻を破って、外に出て行ったのだ。
割れたところからおそるおそる中を覗き込んでみたが、内部は空っぽだった。体毛とか液体とかもなかった。最初から中身が空洞だったら、あんなに重いはずはないのだ。これはやはり卵だった。それが割れて空っぽになっているということは、新しい生命がここから世界に向けて放たれてしまったということを意味する。
気が付くと僕はあたりを見回していた。庭には何の気配もない。何かが動き回ったりはいずり回った形跡も、見た限りではなかった。草木が伐採されて、今ではすっかり広々としてした庭には、何かが隠れられそうな場所はほとんどない。でもそれはもうこの庭にはいないかもしれない。塀を乗り越えて、どこかに出て行ったかもしれないし、あるいはどこかの隙間から、家の中に入ったかもしれない。そう思うと落ち着かなくなった。
床下とか屋根の上とか物置のなかとかを探し回ったが、何もなかった。家に入り、屋内も同じようにあちこちを探し回ったがやはり何もいない。家の中は異様なまでに静かだった。
戸締りをして、落ち着かない気分のまま家の中で時間を過ごした。
インターネットでちょっと調べてみたが、切り倒した木が卵を宿していたという事例は発見できなかった。

混乱を抱えたときいつもそうするように、僕は縁側のある部屋に行って、窓から庭を眺めた。さっき切り倒した異常な形の樹が、死んで倒れた怪物みたいに地面に転がっている。楕円体と破れた殻の破片も、そのままになっている。
以前はこの庭にはジャングルみたいに植物がうっそうと茂っていて昼間でも暗かったのに、今ではつるんとして小奇麗になって、明るい日差しがたっぷりと差し込んでいる。その眺めがなぜか、ひどく気に入らない。