海の未知の物体

男は南の島の海でダイビングをしていた。サンゴ礁、魚、マンタやエイ、その他名もない色とりどりのカラフルな小魚たち、そうした海の生き物に囲まれて泳いでいたとき、何もないところで頭をぶつけた。どう見ても目の前には何もなかった。海水で満たされた空白の空間があるばかりだった。

手を伸ばしてみると手はそれに触れた。それほど固くはなく、だからこそぶつかってもさほどの痛みも覚えなかったのだが、それはたとえばプラスチックの感触に似ていた。固く押したり叩いたりすれば、くぼみや跡が残りそうだった。しかし奇妙に冷たい。その冷たさはダイビング用のグローブの上からでも伝わるほどで、まるで氷に触れているみたいだったが、氷にしては柔らかすぎる。彼は手探りでその見えない壁のようなものをなぞっていった。どこまで行っても途切れる気配はなく、透明な壁としてそこに立ちはだかっていた。

彼はそれ以上の探求をあきらめた。地球の7割を占める海という領域には、まだ人知の及ばない謎や神秘が数えきれないほど眠っている。海中において彼は招かれざる異物にすぎないし、本来いるべきでない存在なのだ。近くを通り過ぎる魚たちが、見えない壁を当然のようにすり抜けて泳ぐのを見て、彼はそう思った。人間でしかない自分にはその物体を目にすることはできないし通り抜けることもできない。その資格が備わっていないのだ。

彼はその場所を離れた。再びその場所に戻ることができないこともわかっていた。彼にできるのは思い出すことだけ、彼を固く拒んだ冷たい空間が、南海のどこかに存在することを、ただひそかに。