にぎわう下町 (Crowded Downtown)

晦日、僕は料理の材料の買い出しに出かけた。人であふれかえる午後の商店街はにぎやかで、それでいてどこか寂しげな雰囲気があった。それは一年のうちに大晦日にだけ感じられる空気だった。僕はあちこちの店を回って食材を購入した。

茶店で一休みしてから店を出たとき、人混みの中にある女の顔を見出した。それは見覚えのある顔だった。ずっと以前、10年近くも前のこと、僕はある場所においてその女と頻繁に言葉を交わす機会をもった。そしてお互いに、おそらく好意らしきものも抱いてもいたはずだ。しかしそれ以上の関係には発展せず、いつしか会う機会を失った。
女の顔だちや雰囲気は、昔とほとんど変わっていなかった。変わった点といえばお腹が大きく膨らんでいることだけだった。彼女は背の高い男性と並んで歩きながら、何か楽しそうに話していて、こちらへはまったく視線を向けなかった。僕らは雑踏の中を無言で通り過ぎた。

商店街を出ると急に人けが途絶えてあたりは静かになった。僕は一人で歩きながら、年越しそばを調理する手順を、頭の中で確かめていた。