トレーニング・ステージ (Training Stage)

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むき出しのコンクリートが四方を囲う灰色の部屋。窓はなく、照明は天井に埋め込まれた小さな電灯がひとつだけ。室温は空調設備によって常に一定に保たれている。外の音は届かず、どの時間帯にも完璧に無音だった。
ヒビキは一日のうち最低でも6時間、その部屋にこもってトレーニングを行う。体調や、トレーニングの効率などは考慮せず、まるで痛めつけるように自らの肉体に過酷な負荷を与え続けるのだ。彼は毎日欠かさずそれを行った。予定がなければ費やす時間は10時間にも16時間にも伸びた。

彼がそのような過酷なトレーニングを自らに課すようになったのは、ある事件の後からのことだった。一年前のある日、ある近所の一家が放火され、その家に暮らしていた夫婦とその二人の子供のうち一人が焼死した。ヒビキにとって直接的には何の関連もないその事件が、彼に強く影響を与えた。彼にとってショックだったのは、家族のうち一人だけ、最も年若い4歳の少年が生き残ってしまったという事実だった。その少年は焼け跡から奇跡的にもほとんど無傷で救出された。ヒビキはどういうわけかその事実に苦しめられた。まるで自分がその少年の家族を死なせてしまったかのような、わけのわからない罪悪感を覚えていた。なぜそんな理不尽な感情に襲われるのか、彼にはわからない。少年とも、焼け死んだ家族とも、ヒビキは言葉を交わしたことさえない。

そうして一年が経つ。肉体は目に見えて強靭さを増していき、しかし心にまとわりついた冷気は、いつまでも消えなかった。ヒビキは今ではひどく無口になり、二つの瞳はほとんど光を失っている。