火山の縁 (Volcanic Rim)

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島の中央には標高395メートルの火山がでんとそびえていて、その山と海に挟まれた細長い土地に町があった。町にはちゃんとした名前があったのだが、いつしか「火山の縁」という俗称で呼ばれるようになった。
陰気な町だった。どこもかしこも、それこそ灰を被ったみたいに重い灰色の色調をたたえていた。住人たち顔つきもどことなく暗い。

ある年の夏、一組の夫婦がその町を訪れた。夫婦は観光するでもなく、ろくに外出もせずホテルに閉じこもっていたが、ある日夫のほうの男性が集落の役所にやって来て、火山に登りたいと言った。登山届を提出すれば誰でも火山に登ることはできる。夫は署名して届を提出し、山へ向かった。
それきり男性はホテルに戻ってこなかった。一人でホテルに残っていた妻の女性に、ホテルの支配人がそれとなく尋ねてみたところ、夫はたぶんまだ山にいるはずだ、ととくに心配する様子も見せずに答えた。

さらに数日が経過しても男性は戻ってこないので、さすがに不審に思ったホテルの支配人が土地の警察に通報した。妻の女性は警察官の取り調べを受けて事情を話した。彼女の話では、彼ら夫婦は一緒に死ぬつもりでこの土地にやって来たのだという。当初はどこかの海岸で心中するつもりだった。しかし「火山の縁」に到着したあとになって、夫の男性がある考えを起こした。噴火した火山の火口に飛び込んで死のう、と彼は言ったのだった。
妻はその提案を拒否した。いつ噴火するかもわからないのに、それまで待ち続けることなどできないと彼女は言った。しかし夫は、もうすぐ噴火するはずだ、そんな予感がするのだ、などと言ってその思いつきに固執した。
そのあと二人の関係はぎくしゃくした。心中は実行されないまま日々が過ぎていった。そしてある日、夫はどういうわけか彼女を残して一人で山に登っていったのだった。

警察官が妻の女性を伴って山を捜索したところ、夫の男性はすぐに見つかった。彼は火口の付近でひとりで地面に座り込んでいた。
話を聞いてみたところ、男が語った内容は妻の証言と一致していた。噴火した火口に飛び込んで死ぬつもりなのだ、と男は言った。
警察官は呆れたが、自殺志願者をそのままにしておくわけにもいかない。男は町に連れ戻された。山頂でも、下山する途中も、妻の女性は夫と口をきかなかった。目も合わせなかった。

その後しばらく男は警察の監視下に置かれていたが、ある日の朝、また姿が見えなくなった。警察官が再び彼を探しに山へ向かおうとしたとき、彼らは火山の山頂から白い煙が吹きあがるのを見た。火山が噴火したのだ。男の「予感」は的中したのだ。
噴火はごく小規模なもので、30分ほどでおさまった。町には被害らしい被害も生じなかった。ただあの自殺志願の男だけが姿を消していた。その後にも山は捜索されたが、男は見つからなかった。
妻の女性は噴火の数日後、船に乗ってひとりで島を去った。