悲劇のヒーロー

彼は家族を失い、仕事も失い、孤立無援で天涯孤独の一人きりで日々を送っている。今日もまた、何もする気にならずに、長い時間ベッドに横たわって時間をやり過ごしていた。彼は昔読んだ小説を思い出していた。その小説の主人公は、不品行を繰り返しさんざん周りの人々を苦しめ傷つけた挙句、何もかも失って一人きりになる。妻と子供とは離れ離れになり、住んでいた家を追われ、地位も名誉も失い、粗末なアパートでひとり暮らしをはじめる。その生活は悲惨だった。つまり作者は読者に悲惨だと思わせようとしていた。家族もいない、浮気相手も不倫相手もいない、友人も仲間もいない、収入もろくになく、まともな食事もとれない。好き勝手に生きた男の哀れな末路。

彼ははじめて読んだ時からその悲惨さに惹かれた。破滅してすべてを失った孤独な主人公の生活に、憧れのような感情さえ抱いた。そしてその憧れは、いつしか一種の願望のようになっていた。彼は人生におけるさまざまな局面で、不合理な、愚かしい選択をとることがあった。まるで自らの人生をあえて損ない、貶めるかのように。あの主人公が置かれたのと同じ境遇に、自らを落ちぶれさせたがっているかのように。

そして今、彼はあの小説の主人公とよく似た境遇に置かれている。つまり願いはほとんど叶ったのだ。でも特に喜びのような感情は沸いてこなかった。