黒い帆船

ある見捨てられた漁港に、いつからか黒い帆船が停泊するようになっていた。小型の漁船ばかりが並ぶなか、大きくて真っ黒なその帆船の姿は否応なしに目立った。他のみすぼらしい漁船を圧するように、妖しげな黒光りをたたえつつ、昼も夜も不気味にたたずんでいる。船に人が出入りする様子はなく、いつ着港したのか誰も知らない。雨が降ったときなどは、黒いたなびく帆を雨粒が叩き、その音は遠くから届く足音のように漁港に静かに響いた。
土地の人々はあらゆることに対して関心が薄く、そのうえ怠惰だったので、その不法係留の帆船の存在に気づいていながら、警察や役所に報告することもなく放置していた。

ある日、街から一人の子供が姿を消した。のどかな、ほとんど過疎化した田舎町では、犯罪などめったに起きない。子供の行方不明などは異例のことだった。どこからともなく、その子供はあの黒い帆船に閉じ込められている、という噂が広まった。人さらいの集団があの船に身を潜めているのだ。人々はそう確信した。ようやく通報を受けて警察が出動し、再三にわたって船に向けて警告を発した。しかし帆船は無反応で、依然として誰も姿を現さない。船の内部が強制的に捜索されることになったが、船内は無人だった。いなくなった子供も見つからなかった。何一つ成果をあげないまま、警察は早々と捜索を打ち切った。

その後も黒い帆船は漁港にとどまっていた。海賊船だとか、幽霊船だとか、いろんな噂がたちのぼっては消え、そうして日々が過ぎるうち、人々はまたその船に対して関心を失くしていった。今では漁港の風景に不似合いなその黒い帆船を目にしても、誰も何とも思わない。それは人々にとってただの風景の一部になった。行方不明の子供のことも、彼らはやがて完全に忘れた。