悪は滅ぼさなければならない。手始めに僕は鴉を殺すことにした。

エミエの髪の毛のように真っ黒な鴉は言ったものだ。≪虚無を充填したまえ≫。つまりそんな風に聞こえる声で鳴いた。

エミエ、死んでしまった恋人。そして憎むべきあの黒い鳥は、電線の上にどういうわけか誇らしげに佇んでいた。その身を覆う黒い穢れは羽の闇色にまぎれて見えない。

――偉そうにしやがって! 僕は吐き捨てた。稀代の嫌われ者、予言し、嘲弄し、反復する者。今日もお前はその嘴でごみ捨て場を漁る。がらくたを、残飯を、書き損じの手紙を、日の下に暴きだす。
その行為によってお前は「虚無を充填」している。
お前が死んだエミエの目玉をつつくところも僕は見ていたのだよ。

鴉はもう一度だけ鳴いて、飛び去ってしまった。

僕が虚無的になりつつあるのは事実だった。鴉の言う通り、充填しなくてはならない。
エミエが生きていたころ、僕の心臓はもっとまともに回転していた。

結局鴉を殺すことはできなかった。僕は泥沼のように虚無的な生活を続けながら、いずれまたやってくるであろう別の機会を待っている。