2022-01-01から1年間の記事一覧
夢をみた。男が道端で火に包まれて燃えていた。燃えながら男は踊るような動きをしていた。もちろん本当は踊っているのではなく、熱さと苦痛のために身をよじらせているのだ。通りかかる人々はどういうわけかその男に関わろうとしない。助けようともせず、救…
日曜日は曇っていて、風が強かった。そういう天候は変に気分を躍らせる。僕は朝食と掃除と洗濯を終えると、午前中は集中して仕事を行った。午後、ブログを書こうと思ってブログの管理画面を開いたところ、通知が届いていて、クリックするとあるブログ記事に…
子供たちの学校や幼稚園が長期の休みに入ると、妻はときどき子供たちを連れて実家に帰る。それで3月のある日、いつものように妻と子供はそうやって宇部の実家へ帰り、僕は一人で家に取り残された。家族が不在のその2日間を僕は休日にした。自分一人だけで過…
Burzum『Tomhet』に寄せる 私たちは森の散歩道を歩いていた。あたりには雪が深く降り積もり、吹き付ける風は冷たい。遊歩道は森を貫いて私たちの眼前に真っ直ぐに伸びて湖まで続いている。さっきから彼の態度がどことなくよそよそしい。そのことを指摘すると…
春休みの最初の週末、家族で鳥取の砂丘に旅行に出かけた。視界にめいっぱいに広がる地平線はなだらかな曲線を描き、濃いインクみたいに青い空との境目は、目がおかしくなるほどくっきりしている。あそこまで行こうよ!と息子のケイが地平線を指さして叫んだ。…
目を覚ましたとき、ナナタンはいなかった。朝の6時過ぎだった。僕はベッドで横になったまま、しばらくぼんやりしていた。遠くで電車の車輪と線路が擦れる音がして、それを聞いたとき、なぜかわけもなく胸が高鳴るのを感じ、ベッドから降りて、室内を探し回っ…
日差しが明るく地表を照らす、よく晴れた日曜日の午後に彼らは交わった。女は彼の上で傘が開いたり閉じたりするみたいな動きで揺れていた。病気のために衰弱した女の肉体は紙のように軽く、窓から差し込む日差しが逆光になって、表情は終始判然としなかった…
真夜中過ぎに女が言った。「あなたになら殺されてもいいような気がするわ」「そう」と男は答えた。女は彼女は病気で、さっきまではひどく呼吸を乱して苦しんでいたのに、今では別人のように安静になっていた。ベッドにうつぶせになり、肘をついて状態だけ起…
ある日ナナタンが待ち合わせ場所に現れなかった。もっとも彼女は普段からあまり時間を守らないし、最大2時間半まで遅れたことがある。メッセージを送っても返信がないので、電話を掛けるとナナタンは出たが、声がひどくかすれていた。何かあったのかと聞くと…
ノイズキャンセリング・ヘッドフォンをつけて横になり、音楽を再生する。武満徹の『アーク』。僕はうまく寝つけないときによく武満徹の音楽を聴く。かつて睡眠障害のようになって、夜なかなか寝付けずに困っていた時期があったのだが、そんなとき、『ノヴェ…
夜うまく寝付けなかった。眠気がないわけではないのに、いつまで経っても眠りは訪れず、ただベッドの上で転がるばかリ。気持ちよさそうに眠っている妻や子供たちを見て、うらやましくてほとんど怒りさえ覚えた。午前3時過ぎに、ついに僕は眠ることをあきらめ…
あるとき、僕は高速バスに乗っていた。車内は寝静まり、起きているのは運転手だけ。運転手は黙々とバスを走らせている。僕の座席からは彼の左腕しか見えない。ハンドルを握るその腕はときどき規則的に動いた。じっと見つめているとそれは生きている人間の腕…
下関市では冬の間に一度か二度、雪が積もることがある。ある雪の日の午後、僕は二人の子供たちを連れて近所にある公園に出かけた。彼らが雪だるまを作りはじめ、僕もそれを手伝った。手袋をしていても雪に触るのは冷たかったが、子供たちのほうはどういうわ…
村上春樹の小説を読んでいるとき、私はときどき昔のテレビゲームを思い出します。かつて90年代には、ゲームについていろんな都市伝説的な噂がよく飛び交っていました。たとえばある敵キャラクターが、条件を満たすと仲間になるとか、ある地点である動作を行…
夜中、空腹のために眠れず、戸棚をあさっているとポテトチップスを見つけたので、本棚から『ダンス・ダンスダンス』を取り出して、それを読みながら食べた。ところでよく言われることだが、村上の小説は食事に合う(言われてないかもしれない)。夜中に何か…
レストランは混んでいた。素敵なお店ね、と妻が言って、それで僕はその店について説明した。シェフが大学時代の知り合いで、彼は東京の調理師専門学校に通ったあと、レストランでの修業を経て、下関に店を開き、僕は以前から彼に、店に行くことを約束してい…
目を覚ますと枕元に赤い包装紙で包まれた大きな箱。開封すると中から人形が出てきた。男でも女でもない、子供でも大人でもない、歪んだ顔つきといびつな体型をした、およそ人間離れした異常な人物をモデルにしたような、体長30センチほどの人形がそこにあっ…
広場の片隅で、女がギターをかき鳴らしながら歌っていた。女はいかにも自分の歌声陶酔し満足しきっている人の歌い方をしていた。歌いながら目を閉じたり唇を震わせたりしていたし、リズムをわざとずらしたり、ハイ・トーンのときにわざとらしく声をかすれさ…
ある休日の午後、デパートの前の広場で小規模なコンサートが催されていた。僕らは買い物帰りに広場の前を通りかかり、息子と娘が興味を示したので、足を止めて観客の中に加わった。そのときステージ上では4人組のバンドが演奏していた。それはディープ・パー…
赤いエナメルのブーツは玄関先で死んだ小動物みたいにぐたっとしていた。それはくまなく血に濡れたみたいに真っ赤だった。指先で撫でてみたが、赤いどろっとした液体が指に付着することもなく、表面はつるつるとして乾いていた。妻は長らくこのブーツを履い…
昨日の夜は、あなたはどこにいたのかな?、と朝起きてダイニングに顔を出したとき、妻が言った。昨夜、僕はナナタンのマンションから深夜に帰宅し、そのときすでに妻も子供も眠っていたので、昨夜は妻と顔を合わせる機会がなかったのだった。女の部屋だよ、…
部屋には香水と化粧品と何か花に似た香りが混じりあっている。家具も何もかもすべて漂白されたみたいに真っ白で、いつ来てもかまくらの中にいる気分になる。でも僕はかまくらになど入ったことはない。そんな部屋でその夜、僕はナナタンの手料理をごちそうに…
ある日新聞紙の片隅に掲載されたコンサート情報が僕の目を引いた。そのコンサートで演奏される予定の曲目は、すべてアントン・ヴェーベルンの作品だった。そして僕は長らくアントン・ヴェーベルンの音楽を愛好していたのである。ピアノ曲や歌曲、そしてあの…
砂浜を歩いていると大リザードがいた。それはちょっとしたウミガメ程度の大きさの、むくむくと肥ったトカゲである。大リザードは砂の上をのそのそと這って、こちらに近寄ってきたので、すかさず僕はポケットから大きなナイフを取り出し、その生き物の脳天に…
上手ね。あなた画家なの。と女が言った。仕事で絵を描くことは多いが画家ではない、と男は答えた。 それは何の絵?何かの道具?架空の機械ですよ。僕が想像した機械。目的もなくただ作動するだけの機械なんです。すごく複雑な仕組みで、でも何の役にも立たな…
僕は仕事の打ち合わせのために福岡市を訪れていた。夜中、ホテルの部屋で眠っていたとき、物音で目が覚めた。太鼓を叩くような音を、聞いた気がしていた。しかし耳を澄ませても、そんな音は聞こえてこない。ときどき窓の下の道路を走り去る自動車の音と、そ…
王様は蝶の飼育を道楽としていた。城の庭の一角にビニールハウスを設け、しょっちゅうそこにこもっては蝶の繁殖と生育に没頭した。ある日王様は新しい蝶の生育に成功した。その蝶は異常なほど繁殖力が旺盛で、またたくまにおびただしい数に増殖した。それは…
あの結婚式の男から、窓の話を聞いた後、僕が窓辺で過ごす時間は増えたように思う。そうやってすぐに他人から影響を受けてしまう。でもさすがにまだ、半日窓辺で過ごしたことはない。この間自分で作った椅子は窓辺で時間を過ごす用途にぴったりではあった。…
結婚式に出席した僕は退屈していた。しかし社会にはこういう退屈なイベントが満ちている。それから逃れたければどこかの山奥の穴倉で一人で暮らすしかない。しかし穴倉で暮らすのも悪くない気がする。子供のころ、しばしば僕はそんな夢想をした。森の奥に家…
ソローの『森の生活』を読み返した。読み終えてまず思ったのは、新しく椅子が必要だ、ということだった。椅子を作ろう、と思った。思うだけでなく声に出してつぶやいた。「椅子を作ろう」(僕は非常にしばしば独り言を口にする)でもなぜ『森の生活』を読ん…