下から眺める高速道路

都市の北部は工場や倉庫が多く立ち並ぶ工業地帯であり、道路は広く車線は多く、大型トラックが多く行き交う。そのあたりの歩道を歩くとき、僕はたいていいつも上を見上げている。頭上には高速道路が走っていて、それは曲線を描き交差しながらあちこちへ向け…

迷子の砂漠

太鼓に似た音と、がやがやした話し声が聞こえてきて、それにいざなわれるように歩いていたが、音は奇妙な響きかたをして、どこから聞こえてくるのかわからない。砂丘に登って、あたりを見渡してみたが、動くものの姿はどこにもなかった。目に映るのは砂漠と…

墓地のそばの家の娘

ずっと以前、墓地のそばの家の窓に女が顔を出しているのをよく見かけた。妙に肌が黒い女で、いつも表情のない目つきでじっとどこかを見ていた。ある日の午後、僕は墓地へ行き、一番高いところから、望遠鏡でその家のほうを眺めた。女はやはり窓辺にいて、頬…

住んでいるところ 紹介

僕が今住んでいるのは、下関市の西部の町で、かつてはそれなりに多くの人々が暮らしていたのだが、数年前、正確には2015年の春のことだが、町の端の小さな山に<ある存在>が住みついたことが原因で、住人が次々と町を離れるようになり、そのため人口は当時…

アポリネール詩集

水たまりに落ちていた一冊の本。捨てられた動物みたいに、助けを求めている気がして、つい手に取ってしまった。それをずっと持って歩いていたので、帰宅するまで指先は濡れたままだった。本を物干し竿に吊るして干した。この暑さのことなので、明日には乾く…

古い波乗りの記録

海辺の寂れたレストランでハンバーガーを食べた後、椅子に座って海を眺めながらぼうっとしていると、店主が寄って来て、話しかけてきた。「あんたはもしかして、フミオの家族じゃないか。その名前に聞き覚えはない。僕は否定した。店主は微笑み、悪いね、と…

呪われた僕の子供に

母体を脱してすぐ、ほとんど泣くこともなく目を見開き、あちこち視線をさまよわせていた。それは人が何かを思い出そうとするときの目つきに似ていた。彼は覚えているのかもしれない、かつて自分がいた場所のこと、生まれる以前に自分が属していた世界のこと…

公園で

公園で女がブランコで遊んでいた。マシュマロみたいに肥っていて、どう見ても一人でブランコで遊ぶのが似合うような年齢の女ではなかった。つまり子供ではなかった。しかも女はときどき一人で声をあげて笑ったりした。彼女の重い身体を乗せたブランコの金具…

電車に乗って遠くへ

とにかくイライラしていたので、旅に出ようと思った。するとその次の瞬間には、僕は電車の座席に座っていた。駅に行って乗車券を購入したり改札をくぐったりした記憶がない。考えてみれば怖ろしいことだが、気にしないことにした。窓の外の景色はすでに見慣…

変な知らない女に声を掛けられる

お店の入り口をくぐろうとしたとき、そばに立っていた女に声を掛けられた。女は僕に、簡単な質問に答えなければ入店できない、と言った。その時点で立ち去ってしまえばよかったのだが、僕はそうしなかった。ほんのわずかに僕は興味を覚えてしまい、つい女の…

あるお洒落なパスタ屋

あるお洒落なパスタ屋に入ると、店内の客たちが一斉に僕のほうを見た。それもちらと見るのではなく、じろじろと、まじまじと、無遠慮に。僕は気にしないふりをしていたが、それは成功しなかった。動作はひどくぎくしゃくするし、店員に注文を伝えるときには…

音楽アルバムを作りました。『夏の幻サーカス』

音楽アルバムを作りました。題名は『夏の幻サーカス』です。 夏の幻サーカス by 鏡田元春 自由にダウンロードできます。

面接に行って、絵に描かれる

小倉南区にあるイタリア料理店のアルバイトの面接を受けにいたときのことだった。店長が自ら僕を面接した。一通りのやりとりを終えた後、店長は「じゃあ最後にちょっと絵を描きますんで」と言って、手元にあったA4サイズほどの白い紙に鉛筆で僕の絵を描きは…

懐かしいブログ

今日は2010年ごろに見かけたブログのことが懐かしくなって、もう一度読みたくなりましたが、URLもわからないし情報もなく、どうすればいいのかわかりませんでしたが、ためしに検索してみたところ、あっさり見つかりました。探していたのは、警備員として働く…

瞼の暗闇が、とても暗いこと

今日は変わったことの何もない一日だった。嬉しいこともなければ、ストレスを覚えることもなかった。起伏に乏しい時間がただ流れてゆくだけの平凡な一日。こんな日は意外と、人生にそう何度もあるわけではない。夜、入浴と夕食を終えて、ソファにもたれてぼ…

私は真珠

毎日一枚ずつ新しい布をまとうように、私の肉体は新しい色に更新される。でもその色は目に見えない。あたりが暗すぎるのだ。私自身でさえその色を目にしたことがない。洗われた卵のように澄みきった、滑らかな虹色の光沢がそこにあるはずなのに。いつかこの…

赤いテープの部屋

それは友人というほど親しくはないが顔を合わせると結構長く話し込むという類の知り合いであり、今夜も僕はバーでその男に出くわし、お酒を飲みながら話していた。僕はの職業も年齢も、名前すらも知らなかった。都会で人と付き合うとき、そうした情報は意外…

シェアハウスの思い出

かつてシェアハウスで暮らしていた。そこでは住人がしょっちゅう入れ替わった。いろんな人がつぎからつぎへとどこからともなくやって来ては去っていった。いちばん短い人は、1日しかとどまらなかった。その人物は、シェアハウスに一歩足を踏み入れるやいなや…

入学式の朝

午前4時過ぎに目が覚めて、そのあと眠れなかったので寝室を出た。リヴィングでカーテンを開けて外を眺めると、外はもちろんまだ暗く、どの家の窓にも明かりは灯っていない。なぜか心細くなり、コーヒーを作って飲んだ。夜が明けて朝になるまではあと数時間、…

ものすごい雨

4月は憂鬱な季節。だから今日も会社を休んだ。こうやって欠勤を続けているといずれクビになるのだろうか、でもそれも悪くはない。朝早く目覚めた僕は、ベッドの中で横になったまま、鳥の鳴き声を探っていた。鳥の声が聞こえてきたらベッドを出ようと思ったの…

夜中の電話

そういえば夜中に電話がかかってくる夢をみたなあ、と思って、そのことについて考えていると、だんだんそれが夢ではなく現実のような気がしてきて、念のためにスマートフォンの着信履歴を確かめてみると、実際に夜中に着信はあった。そして僕はそれに応答し…

這いまわる蛇

床中を無数の蛇が這いまわっている幻覚を見るようになって、ベッドから起き上がれず、外に出られなくなり、大学に通うこともできなくなったのは春のことだった。あれ以来何度の春が過ぎただろう。あのときは真剣に死ぬことを考えていたのに、なんだかんだで…

ある悲愴なお菓子作り

4月なのにどこか冷え冷えとしたキッチン。卵や小麦粉や砂糖をボウルの中でかき混ぜながら、僕はずっと泣いていた気がする。いや、たぶん実際には泣いてはいなかったのだが、少なくとも涙は流さなかったはずだが、つまり身体のなかで泣いていたのだ。涙がもし…

キノコ都市

高さ212メートルの展望台の頂上から街を見下ろしていた。どの家も屋根の部分がやたら大きく横に広がっていて、その形はどこかキノコに似ている。同じような家が密集して、地の果てまでずっと並んでいた。隣には現地のコーディネーターの青年がいる。キノコ畑…

(夫婦間の)ある出来事

ある日の入浴中、洗面所にいた妻と扉越しに話しているうちに口論になり、頭に血が上って、浴室の扉の擦りガラスを思い切り蹴った。ガラスが割れて散らばり、浴室の扉の下半分が割れて無くなった。僕は破片で足の甲を切って怪我をした。妻は黙って洗面所に立…

森の古本市

森の中には広場があり、ある秋の休日、そこで古本市が開かれていた。片隅に差し込む木漏れ日のもとに本が並べられている。多くはありふれた本だったが、木漏れ日の照明による効果のためか、どの本もどことなく上品に、あるいは貴重そうに見えた。僕は『ノー…

思い立って山に登る

朝起きて、今日は山に登ろうと思い立ったので、出かけました。電車で240円の切符を買い、到着した駅から3kmほど歩くと、登山口がありました。登りはじめてほどなくして、前方でガサガサと音がしたので顔を上げると、二頭の灰色の動物が走って逃げて行きまし…

夜明けまでの7分

夜通し歩き続けてたどりついたのは墓地だった。片隅にあったベンチに倒れこむように横になり、眠ろうとして目を閉じたが、疲労はあまりに深く、ほとんど痛みを伴っていて、ただ浅い無意識を何度も繰り返しながら数時間が過ぎたが、夜はなかなか明けず、あた…

消灯

夜の都市を見下ろしながら、暗い地表に点々と散らばる光を数えていた。それは数えられる程度の数しかない。かつてこの場所からの夜景は、光に満ちていた。地表は粒のような光に埋め尽くされ、連なる車のヘッドライトは川のように流れて、地の果てまで伸びて…

音楽は高い場所へと連れて行く

ひどい気分だった。その辺にあるものを手当たり次第に壊したい気分だった。不穏な雰囲気が伝わるのか、周囲の人々は僕を避けて歩くようだった。広場の前を通りかかったとき、騒々しい音が聞こえた。広場の片隅にいる人物が発する音であるようだった。どうせ…